2018年10月5日(金)
こんにちは!
(株)ミッション・ミッケ人生デザイン研究所、所長の高衣紗彩です。
こちらのブログでは、目標設定や目標達成について、いくつか記事を挙げていますが、目標を立てても、失敗するのが怖くて前に進めない、一歩を踏み出せない、行動ができない、という声をよくいただきます。
最近、その際の対策は何かありますか? というご質問を立て続けに頂きましたので、今回は、失敗を恐れずに一歩を踏み出すにはどうすれば良いか、を中心に、失敗の本質について、見ていきたいと思います。
目次
そもそも、失敗とは、どうなった場合のことを指すのでしょうか? よく、失敗は学習の機会、大いに失敗し、失敗から学べ、と言われます。できるだけたくさん失敗して、その原因を検証してフィードバックし、成長につなげることが大切と言われています。
『失敗の科学』では、失敗したことを受け入れない、つまり事実を受け入れず自分の都合のよいように解釈をつけたり、事実を無視するなどして検証をして次に繋げないと、成長はしないと書かれています。
その通りですね。失敗から学べたら成長が加速すること、それは理解できます。
ですが、これは、失敗してしまったあとの対処法の話です。ですが、私たちは、その学習する前の、「失敗」自体が嫌なわけです。失敗から学ぼうと思ったところで、やはり失敗しないに越したことはないと思っているので、失敗に対する恐れがなくなる訳ではありません。
これをどうしたら良いのか、という話ですね。
ここで、注目したいのは、「失敗」とは何? ということです。
『失敗は成長の糧』理論では、失敗ありき、で議論が展開されています。失敗から学ぼうという主張はほとんど全てが、では、そもそも何がどうなったら、「失敗」なのか、
「そもそも、私が失敗と思っていることは、本当に失敗なのか?」
「そもそも、失敗と、誰が決めるのか?」
という点については、議論されていません。
例えば、何か目標を立てて、それが未達だったら、失敗でしょうか。何かの「結果」を出すことを目指して行動を起こして、目指した結果が得られなかったら、失敗でしょうか。
実は、「失敗したら嫌だな」となんとなく思って尻込みしている場合、何がどうなったら失敗だとわかっている場合と、わかっていない場合とあります。そして、失敗したら何が嫌なのかを掘っていくと、失敗そのものではなく、失敗した姿を他人に見られるのが恥ずかしい、という場合もあります。
例えば、受験に失敗する。これは、合否がはっきり分かれるので、明白です。
では、「起業に失敗する」はどうでしょうか。何がどうなったら、失敗、なのでしょうか。
不渡りを出したら、つまり、法的に倒産措置を取らざるを得なくなった時でしょうか? 起業して初めて投入したサービス・商品が売れなかった時、でしょうか? 売れない、とは、どれだけ売れなければ、「売れなかった」とみなすのでしょうか? 「儲からなかったら失敗」なら、それは、売上がコストを引いて、手元にお金が残らなかった時のことでしょうか。それとも、残ったお金が自分が思っていたほどの金額ではなかった時でしょうか。
そして、それが、何ヶ月続いたら、「儲からなかった」つまり「失敗」とみなすのでしょうか。いよいよ立ち行かなくなって、会社員に戻ることになった。それは、世間的には、「起業に失敗した」事象かもしれませんが、あなたの人生にとって、それは失敗でしょうか?
さらに、次の例ではどうでしょう。
今度、会社が講演会を開催することになり、その一人として登壇することになりました。成功したら、ステータスが上がるチャンス! でも失敗したら、一巻の終わりだ。
あなたは、引き受けるでしょうか?
失敗したら一巻の終わりだ。にフォーカスが当たる人は、引き受けないという選択をするかもしれません。ここで、立ち止まって考えてみます。この場合、
1)「失敗」とはどうなった状態のことを指しているのでしょうか?
そして、
2) 具体的には、嫌なのは、何でしょうか?「有益と思ってもらえない講演をした」ことでしょうか、それとも「あいつの実力なんてこんなものだ。」と内外に思われることでしょうか。さらには、笑われることでしょうか。実力が明白になって、上司に使えないと思われることでしょうか。
こうして質問されると、自分がいかに曖昧に「失敗」というものを捉えているのかが明確になると思います。
では、1)の失敗とはどうなった状態か?に答えるために、何がどうなったら「成功」と自分は思っているのかを見てみます。
なんとなく、
1) 300人集めて、
2) 聴衆に「素晴らしかった!」と言われる講演をする。
ができたら成功と思っている、とします。
その場合、失敗はこれらが達成されなかった時、となりますね。
1) 150人しか集まらなかった
2) 誰からも「素晴らしかった!」と言われなかった。
この場合が、失敗ということになります。
2)は、もっとバリエーションがあって、「大したこと言ってなかったな。」と思われる、「稚拙なプレゼンだった」と笑われる、などもあるかもしれません。
では、1)だけが達成されなかったら失敗でしょうか。または、2)だけが達成されなかったら、どうでしょうか。こう聞かれて初めて、自分はどの要素がどのように満たされないことを失敗と思っているのだ、ということが認識できると思います。
私たちは普段、何がどうなったら失敗とみなすのか、ということを曖昧にしたまま、ただ「失敗したら嫌だな」と、漠然と「失敗」というものを恐れています。
私たちは、正体がわからないものは、恐いのです。正体がわかっていれば、恐くありません。
例えば、受験に失敗する、と明白に失敗の形がわかっていれば、恐くはありません。失敗を恐れて前に進めないということはあまりなく、「合格するにはどうしたら良いか」「失敗の確率が少ない受験先はどこか」と対策を考えて、前に進むことができます。
なので、ここでは、正体が明確なものは扱いません。
話を元に戻して、チャンスだけど「失敗したら一巻の終わりだ!」と思っている場合、それは本当でしょうか? 何が終わりなのでしょう? 上司から「あいつはだめだ、使えない」と思われることでしょうか?
これは、2)の、何が嫌なのか?の答えに通じるものですが、このように具体的に何が嫌で何を恐れているのかを明確にすると、実は、自分は講演で聴衆に良い評価を得られないことを恐れているのではなく、その結果、同僚に笑われ、上司にバッテン評価をつけられ、今後の進路を絶たれることが嫌で、それを恐れているということがわかるかもしれません。
そこで、さらに考えてみます。
誰からも「素晴らしかった!」と言われなかった、それが現実となりました。その場合、同僚に笑われ、上司からあいつは使えない、と思われ、出世の道が閉ざされる、というのは、真実でしょうか?
一回の講演で誰からも素晴らしいと言われなかったからと言って、出世の道が絶たれることは、普通に考えてないと思います。
こう言われると、「確かに。それは妄想しちゃってるよね。」とわかると思います。
ですが、私たちは、普段これと同じことをしてしまっています。特に、普段から失敗を恐れて行動できない方は、かなりの頻度であり得ないことを妄想し、その妄想に恐れを感じているということが殆どです。
あり得ない妄想を自分で勝手に「失敗」と呼び、それが起こることをさも現実のようにありありと感じ、それを恐れて一歩が踏み出せません。
失敗が恐い、は実は、「妄想が恐い」と言っているのと同じ、ということになります。
自分で生み出した「失敗お化け」を恐れているのです。
失敗が恐い、を抹消するには、自分が恐れているのは自分が生み出した「失敗お化け」だということを自分の無意識に認識させれば良いことになります。次からその方法をお伝えします。
失敗が恐くて一歩を踏み出せない場合、最初にやることは、次の質問を自分に聞くことです。
1. 何がどういう状態になった時のことを失敗として恐れているのか?
2. それは、現実的に、起こり得るのか?
上の例であれば、1の回答は、
a: 誰からも賞賛されなかった状態なのか、
b: その後社内での評価が下がることなのか
c:出世の道が閉ざされることなのか。
それに対する2の回答は、
a: 誰からも賞賛されないことは、あり得るかもしれません(本当は、真実としては賞賛もされ批判もされているのですが、両方ともあなたの知るところとならない可能性はあります)。YES.
b: 社内での評価が下がるかどうかは5部5部と言ったところでしょうか。初めての講演であれば、「普通」にこなしたら上々だったと評価されるのが普通でしょう。かなり期待が高かったのなら、彼、もっと素晴らしい講演をすると思っていたけど大したことなかったね、と思われることはあるかもしれません。弱いYES.
c: 出世の道が閉ざされる、はどうでしょうか。初回1回目で誰からも賞賛されなかったとしては、出世の道が閉ざされる訳ではない。NO.
となります。実は何を恐れているのかを見て、cだった場合、2の答えはNOになりますね。その時点で、恐れは消滅します。なぜなら、恐れていることは、「現実としてあり得ない」訳ですから、あなたが恐れていたことは、「失敗お化け」としてドロンと消えていただければ、終わりです。
失敗から学ぶ、より以前に、失敗と認識していたことが、実は失敗と思う必要すらなかった、ということですね。
では、2の答えがYESの場合、どうしたら良いでしょうか。
2の答えがYESの場合、つまり、現実的に起こり得ることを恐れていることが明確になった場合、次の質問は、
3. その失敗が現実に起こったとして、もたらされる不都合、不利益は何か?
です。
それを考えると、別にそれが起こったからと言って、特に不都合、不利益なことはないなー、ということが見えてきます。
先ほどの例だと、1の「別に賞賛されなかった」が現実になった場合、「すごくよかった」という評判が取れなかっただけで、何も不都合はありませんね。想定していたプラスが得られなかっただけで、マイナスを被る訳ではない訳です。次回、一人あるいは二人、「良かったです」と言ってもらえるにはどうするか、を考えれば良いだけです。
(実際には、この他人評価軸を目標にすることはオススメしていません。あくまでも、よくできた、できなかった、の仕事のクオリティの評価は自分自身がします。これについて、詳細は、人生デザイン構築メソッド®︎の「精神性を向上する」の柱の中でお伝えしています。)
2の社内の評価が下がる、はどうでしょうか。評価が下がった時の不都合は何があるでしょうか。それを書き出してみます。すると、大した「損失」を被ることではないことがわかってきます。例えば、
・次の仕事を一緒にするときに、社内での尊敬が得られていないとやりにくい。
・次の講演の機会には声をかけてもらえないかもしれない。
などが挙げられるかもしれません。それがもたらす不都合、デメリットは何でしょうか?
尊敬を得られなかっただけで、今年の人事評価に影響がある訳ではありません。また、一回の講演の出来不出来で、年間の評価は決まりません。年間の人事評価は本丸の仕事の方でされるはずです。同僚の尊敬が得られるのも、一回の講演よりは、毎日の行動からの方が大きいはずです。
講演で社内の尊敬を得られなかったことによって被る損失は、こう考えると、ほとんどないのです。
次の講演に声をかけてもらえない、はあるかもしれません。
ですが、今回それを恐れて受けないのであれば、次に機会があっても受けることはない訳です。元々あなたの人生の選択肢には講演をすることによって自分の可能性を拡大するということがなかった訳なので、次に声をかけてもらえなくても、あなたの人生にマイナスはもたらしませんね^^。
私たちには、どうせ掴まないのに、その可能性が閉ざされることを避けようとする欲求があります。どうせ掴まないのなら、無くなっても同じです。
これは、自己価値感に関係がある「自分の可能性を閉ざされる恐れ」が根本にありますから、根本的にそこを解決する必要があります。
現実には、閉ざされるどころか、一回経験すれば、次から「経験者」とみなされるので、声をかけてもらいやすくなります。また、次からは自分も慣れて、もっとよくできる可能性の方がむしろ高まります。ということで、これに関しても、実質的に被る損失はありません。
このように、冷静によく考えてみると、私たちは、自分が失敗と思っている状況になったとしても、何も失わない、ことが見えてきます。
恐れを感じるのは、動物脳(原始脳、爬虫類脳)と言われる大脳辺縁系、思考を司るのは人間脳と言われる前頭前野です。
このように、失敗とは?から順番に考えることによって、思考を司る前頭前野が活発になります。両方の脳は同時には活発化されないので、前頭前夜が活発になると、恐れを感じる大脳辺縁系が静まり、恐れが幻想だったことが見えると同時に、恐れが消えるということが起こります。
恐れが強い場合には、このように、思考をしっかり働かせて、本当にその恐れは妥当なのか、を検証することです。大抵は、それで大方の恐れは消えてしまいます。
さらに、それを補強するために、ダメ出しのステップ3をご紹介します。
4. その失敗が現実に起こったとして、もたらされる好都合なこと、利益、メリット、ベネフィットは何か?
実は、私たちが忌み嫌う失敗というものは、私たちが認識している不利益の裏で、私たちに好都合なこと、利益、メリット、ベネフィットをもたらしてくれています。
ただ、失敗のショックにフォーカスが当たっている私たちの心は、それに気づくことができません。
ですが、これも、きちんと自分に質問を投げかけて考えると見えてきます。例えば、先ほども少し触れましたが、
この好都合、利益、メリット、ベネフィットは、実際に経験しないと、想像することはできません。
なので、過去に失敗して落ち込んだことがある方は、その時のことを思い出して、どんなメリット、ベネフィットが自分にもたらされていたかを見てみます。それも書き出してみると、その時に見えていなかったことが、見えてきます。思い出されるのではなく、新たに認知されるということです。
実は、私たちは、見えていても認知していないものが沢山あります。思い出すという行為は、認知したけど忘れていたことを思い出すということです。ここでは、そうではなく、見えていたけど認知していなかったことを認知します。見えていなかったことは、実は私たちの「認知していなかった記憶」(反記憶)として記憶されています。それを初めて認知するということをします。
それができるのは、自分に投げかける質問によってのみです。
失敗してマイナスを被ったと思っていても、実は、私たちはマイナスと認識しているのと同じ量のプラスを受け取っていて、それは見えていても認識していません。
ステップ4の質問で、それを認識してください。
失敗のマイナスは大したマイナスではない、むしろ全くマイナスではない、仮にマイナスだったとしても、必ずプラスも受け取る。
この法則が自分のケースで何回かに渡って納得すると腑に落ちます。腑に落ちると、失敗を恐れないメンタリティが完成します。
失敗を恐れている場合の8割は、
・これまで漠と「失敗したらどうしよう」と思っていた時の「失敗」は実は「失敗」とみなすに値するものではない。
なので、
・失敗から学ぶ、より以前に、自分が「失敗」と思っていたこと、思っていることは、仮に起こったとしても「失敗」とみなす必要はない。
つまり、
失敗、というものは、存在しません。
あるのは、理想に届かなかった結果があるだけです。
「失敗」の概念を作り出しているものは、自分が作った「理想」なのです。
そして、
・失敗と考えていたこと(恐れていたこと)が起こっても、想定していたプラスが得られなかっただけで、人生に致命的なマイナスを被る訳ではない。
・仮にマイナスを被ったとしても、必ずそれと同じ量のプラスを受けている。
ということを認知すると、漠とした失敗への恐れが消滅します。
恐れが出てきて一歩が踏み出せない時には、ぜひ、3つのステップの4つの質問、
1)
自分が思っている失敗とは何がどういう状態になることなのか?
2) それは、現実的に、起こり得るのか?
3) その失敗が現実に起こったとして、もたらされる不都合、不利益は何か?
4)
その失敗が現実に起こったとして、もたらされる好都合なこと、利益、メリット、ベネフィットは何か?
を使って、「思考」してくださいね。
一歩を踏み出すと、二歩目はとても簡単です。
あなたの可能性は、あなたが広げます。
今日も、伸び伸びと人生を謳歌しましょう!
愛と感謝を込めて
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🌈働くを楽しく、人生をもっと面白く🌈
ミッションを仕事にして死ぬ直前まで
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人生デザイン構築学校®︎
学校長 高衣紗彩
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