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2025
05月22日

【経済の真相】トランプの関税戦争、本当の狙いとは〜マクロインサイト:静かな変動を読む 2025年5月第2週レポート

【経済の真相】トランプの関税戦争、本当の狙いとは〜マクロインサイト:静かな変動を読む 2025年5月第2週レポート

先々週に開始したマクロインサイト、先週は早速お休みしてしまいましたが、5月第2週の週のインサイト(洞察)をお届けします。

マーケットの情報から深掘りしていきましょう。

マーケットレビュー

先週の株式市場は力強く上昇しました。S&P500は5.3%、ナスダックは7.2%、ダウ平均も3.4%とかなりの活況となりました。特にNVIDIA(+16%)やテスラ(+17.3%)は劇的な上昇を遂げました。

この背景には、皆さんもご存知の通り、トランプ大統領の動きがありました。具体的には、米中の関税交渉が緩和されたというニュースです。両国ともに、関税を110%下げるというものです。これが発表されたのが12日(月)だったので、先週は回復一色となりました。

S&P500企業の約7割が市場予想を上回る決算を発表したこともあり、「関税という外的要因が取り払われれば、もっと業績が良いはず」という期待感が株価を押し上げました。さらに4月のCPI(消費者物価指数)、PPI(生産者物価指数)が想定内に収まったことでインフレ懸念も後退し、相場を下支えしました。

しかし、これで「やれやれ安心」というわけにはいきません。水面下では大きな動きが進行中です。今日は、この関税緩和の「真相」と、それが意味するグローバルマクロ経済の大きな転換点について解説します。

関税戦争の本当の目的は?

今回の米中間の関税緩和合意は、株式市場にはポジティブに受け止められました。それもそのはず、経済の教科書を開けば、貿易関税は両国にとって、そして世界経済にとってマイナスでしかないと書かれています。少し経済学をかじった者なら誰でも知っている、経済学の基本のキです。トランプ大統領が貿易赤字を是正したいのはわかる。でも、関税に走るとは、いったい何を考えているんだ。トランプは経済音痴なのか。そんな声が、トランプ支持者からも聞こえていました。

トランプ大統領は、お酒を飲まず、夕食後は一日3時間読書をする、とても勉強熱心な人だということを、彼の日常を良く知る人から聞いたことがあります。関税が誰にとってもよろしくないことを、知らないはずがありません。私も、ポッドキャスト等で、「非常に勉強熱心なトランプ大統領が関税に動くのは、解せない。何かあるはずだ。」とお伝えしてきました。ですが、その真相は謎のままでした。

では、なぜトランプ大統領は、これほど大きな負荷をかけてまで関税策を推し進めてきたのでしょうか?

その謎が、米中が発表した共同声明で解けました。ベッセント財務長官が発表した共同声明を読むと、「両国の経済の歪みを正すためにリバランスに取り組む」という点が強調されています。

トランプ大統領は、貿易不均衡だけを問題視していたのではなかったのです。今回の関税を巡る動きの本質は、関税そのものではなく、もっと根深いところにありました。それが、米中両国の経済構造の歪み、アンバランスを是正すること。これを、ベッセント財務長官は「リバランス」と呼んでいます。この目的のために、関税という手段を用いていたのです。これで、私も、喉につかえていた小骨が取り除かれたような安堵感を持ちました。

米中両国の経済構造の歪みとは?

では、米中両国の経済構造の歪み、とは、何なのでしょうか。それは、「中国の過剰生産モデル」「米国の過剰消費モデル」という形で括ることができます。

ベッセント長官は警告しています。この両国のマクロ経済構造の歪みこそが、次なるリスクを孕んでいる、と。そして、これが改善されなければ、リーマンショック級の危機に見舞われる可能性があると。

現在の米国の状況を見てみましょう。

貿易赤字: 1.2兆ドル超(10年で1.6倍)

政府債務:36.6兆ドル

対外債務:27兆ドル

金融収支:1.27兆ドルの流入超過(貿易赤字を金融収支の黒字で賄っている状態)

簡単に言えば、米国は海外から大量にモノを買っていますが、その代金は外国からの借金(投資)で賄っているという構造です。米国人がたくさん消費している結果、貿易赤字が膨らんだ。その赤字を外国からの資金流入でカバーしているわけです。このアンバランスな経済構造を放置すれば、いずれリーマンショック級の金融危機に繋がりかねない。だからこそ、関税というメスを入れ、破綻寸前の米国経済を立て直す第一歩としたのです。

つまり、貿易不均衡を是正するために関税をかけるのが目的だったのではなく、中国と米国、両国の経済の歪みを正すために、関税という手段を使ったのです。米国の利払いだけでも年間1兆ドルを超え、既に国防費を上回る規模になっています。ドルへの信用を維持するためには、経済構造の再構築が急務です。米国が破綻してしまっては、中国も米国頼みの経済が立ち行かなくなります。この歪みを是正することは、中国にとっても喫緊の課題なはず。

そして、この「リバランス」を実現するためには、米国側だけの努力では達成不可能で、両国の協力が不可欠です。関税のふっかけディールは、お互いに「是正していこう」という呼びかけでもあったわけですね。

株式市場は楽観的だが、債券市場は警戒している

この「リバランス」の重要性を、先週(5月16日に終わった週)まで、株式市場は織り込んでいませんでした。しかし、債券市場はより敏感に反応していました。日米ともに債券の利回りが上昇を始めていたのがその証拠です。

特に米国では10年債利回りがじりじりと上昇し、30年債は5%を超える水準に達しています。これは新たな懸念材料です。CPIなどの発表で一時的に金利が下がった局面もありましたが、債券利回りの上昇圧力は依然として強く、今後の焦点となるでしょう。

なぜ債券利回りが上昇するのか? その背景には、前述した米国の深刻な債務状況があります。政府の利払コストは年間 1 兆ドルを上回っています。日中という米国債の主な買い手が売却に動くなか、2025年の借り換え債の発行がうまく吸収されるか(入札に応じてくれるか)、債券市場はすでに警告を発しているということです。

民間を見ても、住宅ローン金利は7%に達し、月々の返済額は約3000ドル(約45万円)にもなります。クレジットカードローンや自動車ローンの債務残高も市場最高レベルとなっています。雇用状況も、雇用統計こそヘッドラインでは堅調に見えますが、新規の求人は低下しており、リストラも密かに進行しています。これらが今後、消費の減退に繋がることは、火を見るより明らかです。

頼みの綱のFRBも、パウエル議長は、容易には利下げに動かない姿勢を鮮明に打ち出しています。

ムーディーズの格下げの意味

さらに先週、格付け会社ムーディーズが複数の米国政府機関の格付けを1 段階引き下げました。これは「アメリカはトリプルAからダブルA1になった」という衝撃的なニュースです。ムーディーズの動きは遅いと言われることもありますが、この背景には、商業用不動産ローンの質の劣化という根深い問題があることが指摘されています。

この商業用不動産ローンの問題は、2008年の金融危機を思い起こさせます。ローンの債権を証券化し、それが金融市場で複雑に絡み合い、一つのデフォルトが連鎖的な破綻を引き起こしたあの悪夢です。現在も、地方銀行などが抱える商業用不動産ローンの劣化が進んでおり、これが金融危機の再来が懸念される理由にもなっています。

ムーディーズが格下げの理由としてもう一つ挙げたのが、社会保障費の問題です。年金や医療保険(メディケアなど)の支出が立ち行かなくなりつつあるというものです。これは、将来の支払いを負債と考えるというもので、今現在実際に負債があるわけではないので、政府のバランスシートには載っていない、いわば「オフバランスの負債」になります。実際の負債ではないにしても、将来支払う義務があるものなので、年金会計上は、負債とみなされます。その額はなんと100兆ドル(約1京円)にものぼるとの推計もあります。これは米国のGDPの3.7倍に相当する巨額な隠れ債務です。

ムーディーズの格付けなど信用しなくて良い、という専門家も少なくありませんが、上記の理由に加え、地方の金融機関の格付けも引き下げていることなどを鑑みると、100%無視するには引っ掛かります。

このような状況を総合的に見ると、債券市場の利回り上昇は、「米国経済への信任が揺らいている」ことの表れ、であることがわかります。

日本の金利上昇とリパトリエーション(本国環流)の動き

日本の金利も上昇傾向にあります。日銀が長年の金融緩和政策を転換し、引き締めに舵を切ったことが大きな要因です。インフレ率が40年ぶりに2%を超えたためです。

これまで日本の国債は、主に国内の銀行や機関投資家(政府系、年金基金など)が購入していました。しかし、彼らが国債の保有を減らし始めています。供給は変わらないのに需要が減れば、国債価格は下がり、利回りは上昇します。

この日本の金利上昇は、米国にも大きな影響を与えます。なぜなら、日本は米国債の最大の保有国だからです(保有額1兆1000億ドル)。
日本国内の金利が上昇すれば、日本の投資家はリスクを取って米ドル建ての米国債に投資する妙味が薄れます。資金を自国の円建て債券に戻す動き(リパトリエーション、本国還流)が加速する可能性がある。そうなれば、米国債の買い手が減り、米国の金利はさらに上昇圧力を受けることになります。

これはアメリカの財政にとって最大の脅威の一つです。日本や中国が米国債の購入を減らせば、アメリカは自国の借金をファイナンスするのが難しくなります。アメリカも日本も、自国のことで手一杯になり、互いに支えきれなくなるのです。

もう一つ、日本の金利上昇が米国金利に上昇圧力をかける理由があります。それは、外国勢のキャリートレードの解消、があります。キャリートレードとは、低金利の日本で資金を調達して、金利が高い米国債に資金を投入する投資手法の一つです。日本の金利が上昇してしまえば、このキャリートレードの旨みがなくなるため、このポジションの解消が進みます。これも、米国債に向けられていた資金が逆流する理由となります。

これら-日本勢の本国環流と外国勢のキャリートレードの解消-は、円高ドル安をもたらします。これが今週、米国金利が上がっているのにドル安になっている理由です。ドル安は米国の輸出競争力を高めますが、物価上昇とインフレ圧力に繋がる可能性があります。

今後の90日間が鍵を握る

トランプ政権が進めようとしているのは、単なる貿易交渉ではありません。マクロ経済の構造改革、金融システムの改革です。米中の両政府が「リバランス」に合意したことは、今後の経済状況を大きく変える可能性を秘めた良いニュースと言えるでしょう。

キーワードは、「中国の過剰生産とアメリカの過剰消費」の是正です。この歪みが是正されなければ、世界経済危機に発展する可能性があります。

今後90日間で、財政、為替などあらゆる面から経済改革が行われていくと予想されます。特に、米国の金利状況については、ウォッチしておく必要があります。

* 22日(木)朝の加筆:
ここまで、5月16日(金)までの週のレポートとして書いていましたが、事情があってアップが遅れてしまい、今日は22日の朝です。そのおかげで、21日(水)の米国市場の急落の背景についても、お伝えすることができます。

21日(水)に米国株は、軒並み下落しました。ダウ平均は1.91%(817ドル)、S&P500は1.62%、ナスダックは1.41%、ラッセル2000(小型株)に至っては、2.8%の下落となっています。
この背景にあるのが、米国債の金利の上昇です。先週末に懸念していた通り、
・日本では、20日(火)に行われた20年債入札が1987年以来の最低の結果となり、30年債利回りは3.12%に急騰、40年債も史上最高を記録。
・米国では、21日(水)の20年債の入札が振るわず、5.047% という高い利回りとなり(史上 2 回目の高さ)、これを受けて10年債の利回りは4.6%台、30年債も5.094%と軒並み上昇しました。

米国の金利上昇は、米国経済の先行き懸念と信任の低下を表していると同時に、日本の金利上昇がキャリートレードの解消と本国環流を通じて米国の金利上昇に影響を与えると上述しましたが、それが早くも現実のものとなりました。

また、財政問題を無視し楽観主義を通してきた株式市場も、ようやくことの重大さに気づいたというのが、第3週に入ってからの展開になります。

おわりに

今回は、トランプ政権が進める「リバランス」という壮大な経済構造改革について解説しました。また、日本の金利上昇が米国の金利上昇、ひいては世界経済の崩壊をもたらす要因になり得る構造を紐解きました。

短期的な動きに一喜一憂するだけでなく、その水面下で何が起きているのか、大きな視点で捉えることが大切です。

もし、このリバランスがうまくいかなければ、アメリカはリーマンショック級の危機に陥る可能性も否定できません。そして、その成果を見る前に、金利が上昇してしまう可能性も出てきました。

しかし、経済を深く理解し、お金の流れを熟知しているベッセント氏のような人物が財務長官としてこの問題に取り組んでいることは、一縷の望みと言えるでしょう。

「米国の財政赤字の問題は、貿易赤字が問題なのではなく、米国の消費が多すぎて貯蓄がないことが原因だ」とベッセント氏は指摘しています。この言葉の重みを、私たちはしっかりと受け止める必要があります。

今後も、この「リバランス」の動向、そして日米の金利動向から目が離せません。一時的に市場が混乱することがあっても、長期的な視点で見れば、より健全な経済構造への転換点となることを期待しましょう。

長いレポートを最後までお読みいただき、ありがとうございました。

高衣紗彩

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