自分の本当を生かす人生はどうしたら生きることができるのか – Part 3

2019年5月31日(金)

こんにちは!
(株) ミッション・ミッケ人生デザイン研究所®︎、人生デザイン構築学校®︎ 代表の高衣紗彩です。

『自分の本当を生かす人生はどうしたら生きることができるのか』長らく間が空いてしまいましたが、今日は、その3番目の鍵をお届けします。
3番目の鍵は、『人生を引き算で組み立てるということです。

私たちの人生に対するスタンスと環境の変化

人生デザイン構築学校では、『望む人生を自分の手で創る』方を増やすことをミッションに、そのために、何をどうすれば良いか、の具体的な方法をお伝えしています。
ですが、哀しいかな、世の中の多くの人は、自分の人生を自分で創っていこうなんて、考えていません。そもそも、世の中の8割の人は、そんなことができないと思っています。
関所があったり、家業を継ぐ以外人生の選択肢がなかった江戸時代ではないので、自由に選択できるわけですが、日々、様々な方の人生に触れてきて、積極的に自分で選んだ人生を歩いている、または、そう自覚して生きている人はとても少ない印象があります。
今の人生、別に自分でこう生きると決めた訳ではなく、なんとなく、生きてきたらこうなった。たいして良くもないけど、そんなに悪くもない。
そして、これからも、これまでの人生の延長が、今後も続いていく。漠然とそう考えている方が多いです。それが自分が自分にかけている制約で、それを取り払ったら、もっと自分の内面が輝く人生にすることができる、ということにも思いを馳せることがないまま、一生が終わります。
そして、最後の日に、「もっと生きたいように生きればよかった」と後悔することになります。
死が目前に迫った方に、看護師が何を一番後悔しているかを聞いたところ、「もっとやりたいことをやればよかった」というのがトップだったという調査結果があります。
彼らは、自分の生きたい人生を生きる代わりに、どんな人生を生きたのでしょうか。推測の域を出ませんが、おそらく、『社会が認める人生』を送ることに努力されてこられたのだと思います。
社会とは、自分以外の全ての他人、親や兄弟、親戚、地域、コミュニティ、村、町、会社、そして、「誰ということのない、そういうものたち全部」。そういうものたち全部が、「いいね!」と言うような人生。
無意識に、いいね!を目指し、いいね!と言われて、これで良いのだと安心してきた人生。
平成が終わり、令和の時代が幕開き、ようやく社会でも、「どんな人生でもあり」と言うことが浸透し始めています。
LGBTや同性婚を認める国や企業も出てきています。
自分が生きたい人生ー。それがどんな人生なのかがわからない、と言う人も多いです。そんなものはない、と言う人も多いです。そして、まだまだ、そんな人生を送るのは無理だと思っている人が多いです。
ですが、それは、私たちが自分で自分を縛り付けている枠であり、それを取り払うことができる、ことに気付き始めている人も出てきています。
それを取り払ったら、私たちは、もっと人生を謳歌することができる。毎日、自分はこれをするために生きているんだ、と実感する人生にすることができる。
そう気づいて、すでに行動に移している方も増えてきています。
ですが、薄々気付き、枠に手をかけながらも、それを今一歩取り払うことができないでいる人たちも沢山います。
これまでと違う生き方を選択することの恐れー。それが新しい生き方へのシフトを阻んでいる一番の要因であると思います。
実際には、自分を活かす生き方をした方が、人生はうまく回ります。自分だけでなく、あなたが愛する人たちも、より愛と豊かさを享受することになります。
そのステージにいる方々に、一歩を踏み出していただくために、人生デザイン構築学校®︎を設立しました。
そして、そのステージにいらっしゃる多くの方々と接していく中で、そのステージにいるからこそ、陥りやすいことが見えてきました。
それは、「『自分の人生を生きる、ということは、足し算をしていくことだ』と考えている」ということです。
今回は、このことについてお話ししたいと思います。

人生を足し算で組み立ててきた先人と私たち

私たちは、普通に生活していると、
自分の人生には(自分には)、これが足りない。
と考える傾向があります。そして、
その足りない部分を埋めるには、どうしたら良いだろう。
と言う思考を持ちながら、日々の選択決断をしています。
または、
何かが欠けている気がするけど、何が欠けているのかさえもわからない。
と言うケースもあります。その場合は、手当たり次第に思いついたことを足そうとする人生になっています。
その足りない部分を満たそうとする行為を、自分を磨いたり成長させたりする行為だと思っています。
どんどん、新たな「自分にないもの」を求めて、行動を起こします。時間を使います。お金を使います。
その方向に向かう人生を生きている人は、無駄に忙しくなり、忙しいことが充実した人生だと思っています。しかしながら、心の充足感は得られていません。
つまり、自分の人生を生きている気がしない。
哀しいかな、動けば動くほど、足りないものが大きくなり、ますます足そうとする動きが加速し、それはエンドレスになります。
こうなると、自分の本当は、見えることはありません。
「これを頑張って、どこに向かいたいんだろう、俺/私って・・・。」
「これ(足りないものを追いかける)がしたかったのか。
違うだろう。。。」
「でも、何がしたかったんだ・・・?」
と、自分を見失っていくのです。

足りないものを満たすことで自分の本当は生きられない

足りないものを追いかけることで、自分を発揮することはできません。
それをしている限り、あなたの良さは発揮されず、あなたが輝く人生を生きることはできません。
自分でも、何かが違うと、うすうす感づいているはずです。
じゃあ、どうすれば良いのか。
それが、人生を「引き算」で考える、ということです。

人生を引き算で考えるとは

人生を「引き算」で考える、とは、読んで字の如し、
自分にとって、何が不要なのか、を考え、
何をやめるのか、を考え、
何を捨てるのか、を考える

ただそれだけです。それが、自分の人生を生きる、ことに繋がります。
なぜなら、いらないものを捨てることで、自分の本当が登場するからです。
「いらないもの」とは、社会が認める人生を生きるための行動です。
私たちは、自分の多くの時間を、社会が認める人生を生きることに使っています。それが自分も価値を感じるものであれば良いですが、多くの場合、自分が価値を感じないもの、になっています。
自分が価値を感じないものは、することに意義を感じません。することに意義を感じないことをして、自分の本当を生かすことは、まずできません。
たとえば、かなり多くの残業をしているとします。
この残業は、自分にとって必要なのか。
あなたの答えは、YESであり、NOであるはずです。
YESの答えは、仕事があるから、上司に言われたから仕方がないだろう、というものかもしれません。ですが、それは、見せかけの、あなたにとって都合の良い言い訳です。
あなたが残業をする理由、そして、それが必要かの答えにYESと答える理由は、他のところにあります。
心の奥深くに、ある「意図」があるのです。
その意図とは、
「残業をすることで仕事をしていることを周囲にアピールする」
「精一杯、一生懸命やっていることを周囲にアピールする」
「自分の存在価値を示す」
「仕事の多寡が能力の多寡を表していると思っているので、多くの仕事をこなしている自分は能力があると自分で思いたい。自分でそう思うためにやっている」
「貢献している実感を得る」
などです。
他にも、様々な意図があります。
そして、それらをすること、得ることは、本当にあなたに必要ですか? と冷静に考えると、その答えは、NOです。
残業をすることで仕事をしていることを周囲にアピールする必要があるのか?
NO
精一杯、一生懸命やっていることを周囲にアピールする必要があるのか?
NO
自分の存在価値を示す必要があるのか?
NO
仕事の多寡が能力の多寡を表すのか?
NO
多くの仕事をこなしている自分は能力があると自分で思う必要があるのか?
NO
貢献している実感を得る必要があるのか?
NO
なぜなら、あなた自身、能力はあるのです。
それをアピールする必要はない。
なぜなら、あなた自身、存在価値はあるのです。
それを示す必要はない。
なぜなら、あなた自身、貢献しているのです。
それを感じる必要はない。
そこに信頼があれば、答えは全てNOになります。
だから、削ぎ落とせる。
つまり、これらを意図した残業は、必要ないと言うことになります。
心の底にそうしたいという意図を持ってしまうのは、自分に能力がある、存在価値があるということに信頼を持てていないからです。相手にそれを見透かされるのが怖い。だから、アピールする。
あなたの本当は、それらを全部持っています。
なので、
あなたの本当を生きれば、能力は発揮されます。
あなたの本当を生きれば、存在価値は示されます。
あなたの本当を生きれば、貢献は嫌でもすることになります。
これは、誰でも、です。例外はありません。そこに、全幅の信頼を持っていれば、あなたのすることはたった一つ、自分の本当を生きれば良いのです。
ないものを補おうという行為は、自分の本当から離れていく行為です。
それをしている限り、自分の本当を生きることはできません。

まとめ

人生は、私たちが考えているより、シンプルです。
今、人生が複雑だと思っている場合、もっとシンプルにすることができます。
あーだこーだ考える必要があることは、自分の本当を生きていれば、なくなってきます。あーだこーだ考える必要があることがあるならば、それは多くの場合、足し算をしようとしているからです。
人生が複雑になっているならば、足し算をしようとしているのではないか? と考えてみてください。
生き方は、行動の全てに現れます。
全てに、何かを足そうとしてはいないでしょうか?
例えば、メールに、不要な情報を足します。受け取る方に良かれと思って足す情報は、相手がそのメールを受け取る目的に必要ない場合、自分の「気が利く度」のアピールを無意識に狙っているのかもしれません。
ですが、不要な情報は、プラスになるどころか、相手の時間を奪います。もちろん、自分の時間も奪われます。
プラスを狙った行為の結果が、プラスどころか、ゼロにもならず、自分にとっても相手にとってもマイナスになるのです。
情報のシェアも、なんでもかんでも全員にすることは、全体の効率を下げ、逆効果になることがあります。Need to Know = 知る必要がある人にだけ、知る必要がある情報を届ける。それが全体の生産性を高めます。
おまけは貰えばラッキーではありません。不要なおまけは、部屋を乱雑に狭くするだけです。
人生が複雑だ!
忙しいけど充足感がない!
疲弊感はある!
と思ったら、何か足そうとして生きていないか、考えてみてください。
もし、そうだったなら、何か削ぎ落とせないか、考えてみてください。
あなたが自分の本当を生きる人生を取り戻す第一歩になるはずです。
あなたの行動が、あなたが輝く人生を創るものになることを、願っています。
愛と感謝を込めて

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学校長 高衣紗彩
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