2016年2月1日
日銀が先週末、マイナス金利の導入を決定しました。
世間では、その効果・影響について色々言われていますが、果たして、経済や市場への影響はどうなのでしょうか。私たち投資家が注意しなければならないことは、何でしょうか?
まず、経済への影響/効果を見てみましょう。
今回の決定は、民間銀行が日銀に預けているお金(日銀当座預金と言います)の一部に-0.1%のマイナス金利を適用するものです。具体的には、日銀当座預金を3段階に分け、3段階目にのみマイナス金利を適用します。3段階とは、以下。
(1) 基礎残高(+0.1%)
量的・質的金融緩和政策のもとで積み上がった残高
(2) マクロ加算残高(ゼロ%)
所要準備額に相当する残高や、貸出支援基金・被災地金融機関支援オペにより資金供給を受けている場合、その残高に対応する金額
(3) 政策金利残高(▲0.1%)
各銀行の当座預金残高の内、(1)と(2)を上回る部分
そして、各銀行がマイナス金利を避けて現金保有額を増やした場合、その分(1)、(2)から控除されてしまいます。すなわち、事実上、現金にも▲0.1%のマイナス金利が課されてしまうのです。
では、この日銀当座預金がどれ位あるかというと、全体で約250兆円。これは、なんと日本のGDP総額の約半分の規模になっています。量的緩和で国債を銀行から買い入れたお金を銀行の日銀当座預金口座に振り込んで来た結果、量的緩和以降、当座預金残高は急激に拡大しています。(3)のみだと、30兆円ほどと試算されています。
こんなに当座預金にお金が滞留しているんですね。これは、経済からの資金需要が、量的緩和によるお金の増加ペースに追いついていない証拠です。
つまり、日本経済は、実需がないために経済にお金が出回らない状態にあるのです。そんな状態で、金利をマイナスにして、「お金を残しておいたら利息とるぞ! もっとお金を貸し出せー」と言われても、銀行がどれだけ貸出を増やせるのかは疑問です。
デフレ脱却のためにマイナス金利を導入したとの説明がなされていますが、デフレが進行している中では、いくらマイナス金利にしても資金需要は増えず、貸し出しは増えません。
物の値段が今後下がると思えば、今お金を借りてモノを買ったり、設備投資を増やしたりしないですよね。少し待っていれば、値段は下がるのですから、消費や設備投資を先送りにします。これがデフレが怖いところです。経済を停滞させます。
なので、デフレ下でマイナス金利を導入してもインフレ押し上げ効果は期待できないのです。金融政策だけではだめなのです。
これは、すでに2014年にマイナス金利を導入した欧州で、物価押し上げ効果が確認できておらず、依然として低インフレに苦しんでいるので、日銀もわかっていたはずです。
では、何を目的に、やらないと言っていたマイナス金利を突然導入したのか。
株価押し上げ効果期待、そして円安誘導目的であったとの見方があります。実際「サプライズ」だったこともあり、日経平均株価は大幅反発、ドル円相場でも日米金利差拡大期待から円安が進みました。
日本経済は、マクロ状況は悪化に向かっているのですが、企業収益は良好で、今年の経済成長、そして株価を支えるのは企業収益という状況にありましたが、為替市場では、年明けから、中国経済の減速、原油安、米利上げペースを巡る不透明感、などを背景に、「安全資産」と言われる円が買われ、円高が進行していました。
円高は輸出企業の収益を圧迫するため、是非とも円安に持っていきたい所ではありました。
マイナス金利の発表後、10年年物国債の利回りは1%を割り込み、史上最低を記録しました。イールドカーブ(債券の利回り曲線)は全体的に下方にシフトしました。各年限とも債券の利回りが低下したということです。その結果、7年物までがマイナス金利になっており、10年物も今後マイナス金利になる可能性は十分にあります。
(イールドカーブの説明は日経ヴェリタスの解説動画の後半で詳しく行っています。こちらは毎週日曜発行の日経ヴェリタスの高衣厳選の記事についての解説を同日夜20時前後に更新中)
youtu.be/tNqUm0Z6w7g
そして、日本の金利低下を受け、日米長期金利差の拡大期待から円安が進みました。日本の金利の下限がなくなるとなれば、この日米長期金利差が拡大期待は維持できることになります。つまり、どこかで地政学リスクが高まらない限り、円安は引っ張ることができるかもしれません。その意味では、黒田総裁のサプライズ戦略は奏功したと言えるでしょう。
ですが、この手はそうそう使えません。基本的に、市場はサプライズを嫌います。サプライズが多い中央銀行総裁は「市場との対話が下手くそ」と市場の評価は低いのです。
さらに、円安誘導、そして株価の下支えという意味では奏功したものの、この効果が継続できるかどうかは、疑問です。年初からの株価の下落要因は、国内要因ではなく、海外要因(中国経済減速、原油安、米国利上げペースの不透明感)なのですから、これらの動向によっては再び市場が動揺する可能性は多いにあります。
どこかで地政学リスクなどが高まり、投資家の「リスクオフ」が進むと、円も再び買われます。そうなった場合、サプライズの手口はもう使えません。総裁の発言が市場に信用されなくなってしまうためです。信用を失った中央銀行総裁なんて、笑えません^^;
米FRBや欧州ECBは、この点、念入りに市場に期待感を醸成した後に、利上げなりマイナス金利の導入に踏み切っています。
もう使えないので、実体経済へのプラスのインパクトはそれなりにあって欲しいですが、前にも触れた通り、デフレ下で資金需要を喚起するには力不足と見られています。
貸出先が見つからない銀行が、不動産融資を増やす方向に向かうことは考えられます。ただし、不動産価格が上昇しても、賃金が上がらなければ、インフレ率を高めることは難しいのです。
こう考えると、やはり株価下支えと円安誘導のためだけに、マイナス金利をサプライズで導入したというのは、理由に乏しく、他に理由があった気がします。
追加緩和期待を次に繋げたかったから、と考えたらどうでしょうか。
もし、市場の期待通り、追加的量的緩和をして長期国債の買入れを 80 兆円から 100 兆円あたりに増やしていたとすると・・・。もう次の量的緩和は期待できないと市場に見限られる可能性が大でした。
日銀は2013年4月の量的・質的緩和と2014年10月の量的・質的緩和の拡大という二度の大規模な追加緩和を行っており、ここからさらに大きな国債買入は困難になりつつあったためです。昨年12月に量的・質的緩和の補完措置を行っており、これも国債買入の限界を示す形となっていました。
市場は「政策が出されるぞ」と期待しているうちは、上昇期待を持って株式を買うので、期待の醸成は、実際に政策を打ち出すのと同じくらい大事なのです。マイナス金利を導入すれば、今後もマイナス金利幅を拡大していく手があるなと市場に期待を持たせることができます。
今後、米利上げがどのように進むかは不透明です。市場にネガティブ・サプライズがあるかもしれません。そんな時でも、日本はマイナス金利幅をさらに拡大して対応するよ、とメッセージを送っておけば、市場を安心させ資金の流出を穏やかにすることができるかもしれません。
また、もう一つ見逃してはならないことがあります。黒田総裁は記者会見で、マイナス金利政策の意図のひとつは運用主体にポートフォリオ・リバランスを促すことにあると語りました。
マイナス金利を導入した欧州の国では、年金基金や保険会社など機関投資家が、ポートフォリオのリバランスを行っています。債券配分を少なくして株式配分を多くしているのです。マイナス金利・低金利の国債を買っていては契約者が納得する利回りを確保できなくなるためです。
黒田総裁もリバランス需要が、株価の下支えになることを期待しているということと解釈することができます。その是非はともかく、リバランスを促すということなので、狙っているのでしょうね。
では、私たちは投資家として、リバランスに動く必要があるのか? それを決定するには時期尚早かと思います。自分のポートフォリオのリバランスをする必要があるかどうかを見極める目的で、今後、国債利回りがどうなっていくのか、銀行貸出は増えるのか、実体経済はどうなるのか、インフレ期待はどうなるのか、このあたりの動きがどうなるかを注視しつつ、機関投資家がどういった動きに出るかを見て、慎重に判断する必要があると考えます。
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