2018年8月19日(日)
こんにちは。
(株) ミッション・ミッケ人生デザイン研究所、所長の高衣紗彩です。
先週(2018年8月10日-16日)、トルコリラが急落し、新興国周辺が喧しくなっています。
なぜトルコリラがここまで急落したのか、これが新興国に波及して、アジア危機のような深刻な通貨危機、ひいてはそれが世界経済に影響を与え世界的な危機に発展する可能性はないのか、トルコリラ急落の背景と、それが新興国や世界経済に与える影響について、そして、最後に、自分のポートフォリオをどうすれば良いかを含めた今後の投資戦略、を見ていきたいと思います。
まず、ネットでは、夏枯れ時の投機筋の仕掛け、や、トルコのエルドアン大統領が「利上げはしない」と公言したから、などと解説されていますが、そもそもなぜ、投機筋に仕掛けられたのでしょうか。なぜ、大統領の利上げをしないという言葉だけで、通貨がここまで急落してしまうのでしょうか。
例えば、日本や米国で、待たれていた利上げがされなかったとしても、ドル円相場は多少は動きますが、年初来40%もの急落には見舞われません。見舞われるには見舞われるだけの理由ー投機筋から仕掛けられるような背景要因、投資家から絶望売りに会うような状況ーにあったからです。
まずは、それらの背景となった要因を、見ていきたいと思います。
今回の要因は、大きく分けて二つに分けられます。それは、トルコ特有の国内要因と、米国との関係悪化などの外的要因です。
目次
1) 高い経常赤字
2) 高い対外債務
3) 高いインフレ率
4) 低い外貨準備高
5) 中央銀行の独立性に対する懸念
6) エルドリアン大統領の政策に対する不信任
最初に経常赤字です。トルコの経常赤字は、GDP対比6%超と、新興国の中で最大となっています。経常赤字とは、企業で言えば、経営が赤字、儲かっていないということです。経常収支の大半は貿易収支ですので、経常赤字とは、輸入額が輸出額を上回っているという状態です。国の経営が脆弱である、というのがまず一番の理由です。
次に、対外債務(他の国からの借入)が多いということが挙げられます。新興国の対外債務は、多くの場合、ドル建てです。新興国は、国としての信用力が低く(貸し倒れの可能性が高いという意味)、流動性も低いため(いざ売ろうとしたときに買いたい人がおらず、すぐに売れないという意味)、資金の出し手(貸し手)は、その信用リスク、流動性リスクを取りたくないので、新興国通貨建てではなく、基軸通貨の米ドル建てでの貸し出しを望みます。
米ドル建てでの借り入れが多い状態で、何らかの理由で通貨の価値が下落すると、現地通貨建てに換算した対外債務額が多くなります。100ドルを米国から借りたとすると、借用書には100ドルと書かれるのが、ドル建て債務という意味です。日本人として見た場合、ドルを借りた時に1ドル100円だったものが返すときに通貨価値が下がって120円になったとすると、100ドルの債務を返済するために100円ではなく120円が必要になります。新興国では(大概の対外債務はドル建てなので)、自国通貨安は債務総額の上昇をもたらすのです。
また、輸入品に関しても同じことが言えます。100ドルで輸入していた商品が、それまでは100円で買えていたのに、120円払わないと買えないことになります。これは、物の値段(物価)が上昇したのと同じことなので、通貨の価値が下がるとインフレ率が上昇します。新興国では、生活必需品も国際的企業から提供されていることが多く、輸入物価の上昇は、生活必需品の価格上昇を意味します。全国民のうち低所得者層の割合の高い新興国において、インフレ率の上昇、特に賃金の上昇を伴わない輸入物価の上昇がけん引するインフレ率の上昇は、実質購買力の低下を通じて個人消費など内需に悪影響を及ぼします。
トルコの消費者物価は、2018年7月時点で前年比+15.85%と中銀目標の3-7%を大きく上回る水準にあり、抑制できていません。先進国はインフレ率を高めることに苦心していますが、新興国は、インフレ率を抑えることに苦心しています。インフレ率は、高すぎても低すぎてもダメなのです。
自国通貨安は、経常赤字も拡大します。輸入物価が上がり、輸出した自国の商品の海外での価格が下がるため、貿易収支が悪化するためです。通貨安が経常赤字を拡大し、インフレ率を上昇させるので、ますます通貨安を生むという負の連鎖を生んでしまうのです。
なので、新興国政府は自国通貨の価値が下がると介入をして通貨価値を保とうとします。通貨価値の下落を抑えるための介入をするには、自国通貨を買わなければなりません。買うには基軸通貨ドルを売らなければなりません。売るには、米ドルを持っていなければなりません。持っていないものは売れません。なので、政府は、米ドルを備蓄しています。これを外貨準備高を呼びます。外貨準備が潤沢にあれば、為替市場に介入し、自国通貨安を抑えることができます。一般に、外貨準備高が短期対外債務残高を下回ると資金繰りが懸念されると言われていますが、トルコはまさにそうした状態にありました。
一方、中央銀行は、自国通貨の価値が下がると、何をするでしょうか。利上げをして投資資金を惹きつけようとします。利上げをすると市場に出回る通貨の量が減りますから、インフレ圧力も抑えることができます(インフレとは、物の量より通貨の量が増える状態。同じものを買うのにより多くのお金が要るので、通貨価値が下がる状態でもある。)。インフレ率が高まったり、通貨価値が下落することは、中央銀行にとって利上げを行うモチベーションになるのです。そして、市場(投資家)もそれを望んでいます。
今回は、利上げ期待があったなか、トルコの中央銀行は利上げを行いませんでした。利上げを行わなかった理由は、大統領から物言いが入ったからだと伝えられています。中央銀行の役割は、物価の安定と雇用の安定です。これは、ときに、景気拡大を優先したい政府や国のリーダーとの間に利害の対立をもたらします。中央銀行は、誰からの命令も制約も圧力も受けず、独立性を保ってこそ、その役割を発揮することができます。今回利上げを行わなかったことで、中央銀行の独立性に懸念が持たれました。
利上げを行わなかったことそのものが嫌気されたのであれば、利上げをすれば回復しますが、今回はそうではなく、独立性に懸念が持たれたので、次に大統領から物言いが入ったときにそれを無視して金利政策を実行する、ということをして独立性が保たれている証拠を見せない限り、市場の信任は戻りません。ここから、トルコ通貨安は長引くことが予想できます。
さらに、大統領自体のインテグリティ(高潔性)には、すでに市場からバッテンがつけられています。
イスラム主義政党を率いるエルドアン大統領は、2014年に大統領に就任する前に11年間首相を務めた人物ですが、強権的な政治手法で知られており、今年6月24日の大統領選挙で再選されると、直接、政府高官を任命したり司法への介入など、新憲法の下で権限を大幅に拡大させました。
首相職も廃止し、再選前から金融政策にも口出しをするかのような発言をしていたので、トルコにはフランスや米国などの大統領に対する三権分立が保たれるのか、中央銀行の独立性が保たれるのかが懸念されていました。新憲法の下では、エルドアン大統領は、2期目が終わる2023年以降も3期目を務めることが可能になり、2028年まで政権の座にとどまる可能性があります。
そもそも新興国では、米国が利上げ局面に入って以降、資金引き揚げが起こっていて、リラも他の新興国通貨と同様に下落基調を強めていました。上述したように、元々他の新興国より脆弱な経済運営をしていたトルコは、何もなくても他の新興国通貨と比べて売り圧力に晒されていましたが、6月24日にエルドアン大統領が再選されると、強権的な政治手法が嫌気され、リラ安が進みました。トルコ中銀が7月24日の定例会合で利上げを見送ると、「やはり!」と市場に材料視されて、リラ安がさらに加速しました。
このような状態であったところに、8月10日、英フィナンシャルタイムズ(FT)が、欧州金融監督当局がトルコリラの急落を受けてトルコへの与信額が大きいスペイン、イタリア、フランスの一部銀行の資産状況を懸念していると伝えました。直接のきっかけとしては、この報道がきっかけとなり、これら金融機関をはじめ欧州株が下落、新興国を中心に、他の金融市場へも波及しました。
メディアでは、
“トルコリラの下落によって、トランプ米大統領は10日に、トルコから輸入する鉄鋼とアルミニウムの関税を2倍に引き上げる方針を表明した。”
などと伝えられています。そして、それがさらなる下落を招いたとしています。
ですが、トランプ大統領が10日に関税を引き上げたのは、トルコリラが下落したからではありません。
実は、トルコと米国は、長期にわたり、揉め事を抱えていました。トルコ政府は、2016 年に発生したクーデター未遂事件に関連して、トルコ在住の米国人牧師(アンドリュー・ブランソン氏)を長期に亘り収監していたのです(その後、自宅軟禁措置に変更)。米トランプ政権は即時釈放を求めた上で、報復措置として、トルコ政府の8月1日にトルコの司法大臣と内務大臣に対し米国内の資産凍結を発動しました。これに対し、エルドアン大統領も米国政府の2閣僚への報復制裁を発表、それに対して米トランプ政権はトルコに対する一般特恵関税制度に基づく非関税アクセスの見直しを発表するなど、制裁の応酬となっていたのです。
その後、8日にトルコ政府がワシントンに出向き米国と問題解決に向けた協議を行いましたが不調に終わり、9日にトルコ政府が牧師の釈放を拒否したことから、米国政府は、10日にトルコ製の鉄鋼とアルミニウムへの関税を倍に引き上げ制裁を強化したのです。
トルコリラの下落を受けて、通貨下落で強まった輸出競争力分を関税で払えという意図で強化したとの論調もありますが、そうではありません。
米国政府の要望(ブランソン氏の即時釈放)とトルコ政府の要望(米国に亡命中のギュレン師の送還)がかみ合わず、他にもトルコは地政学的に要の位置にあるために地政学的な懸念事項もあり、これらの問題解決は容易に進まないと見た国際金融市場では、リラにさらに売り圧力が一段と掛かり、その結果、一時「1ドル=6リラ」を突破して過去最安値を更新する事態に至りました
トルコ中銀が13日に緊急対応策を発表したことで、リラは戻していますが、構造的な内的要因を背景に持ち、長期的な外的不安を要因・きっかけとする通貨の下落は、その場しのぎで歯止めをかけることは難しいと見られます。
トルコの場合、外貨準備高は対外債務残高を下回っており、経常赤字の対GDP比が大きく、財政収支も赤字で、インフレ率は2ケタです。つまり、トルコリラは、もともと売られやすい要素が揃っていたことになります。ここに、中央銀行の独立性に対する懸念が加わったため、トルコリラの信認は大幅に低下しました。中央銀行の独立性の懸念は、トルコ固有の問題ですので、これが他の新興国に飛び火し、通貨安の連鎖となる恐れは小さいと考えます。
足もとで、トルコリラは急落の一部を取り戻していますが、他の新興国に波及することが懸念されています。トルコと同様に「経常赤字」かつ「高インフレ」を抱える国は、南アフリカ、インドネシア、ブラジル、インド、メキシコなどがあります。ロシアはインフレ率こそ高いものの、経常収支は黒字です。1997年のアジア通貨危機で売りたたかれたタイは、今や日本やスイスと同様に「経常黒字」「低インフレ」となっており、資金流出懸念は高くありません。マレーシアも同様です。
「高インフレ」「経常赤字」に該当する国で、”短”期対外債務残高に対する外貨準備高を見ると、ブラジルは潤沢、インド、メキシコもまずまずです。経常赤字で、高インフレ率、高い短期対外債務残高、低い外貨準備高という4つの観点から見て、悪条件のトップは、トルコ、続いて南アフリカです。 これを認識している市場は、8/13に南アフリカランドを売り浴びせ、一時10%超の急落となり、リラ安が他の新興国市場に伝播する懸念が浮上しています。
今回の動きが1997年のアジア通貨危機のように、新興国からの連鎖的な資金流出と通貨安につながるかどうかですが、足元の新興国のファンダメンタルズは当時と比べると非常に改善していて、新興国の景況感指数や景気先行指数は上昇傾向にあり、景気は引き続き回復基調を保っています。米国の保護主義的が世界経済に与える影響は懸念されるものの、今のところ経常収支は大きく改善しており、外貨準備高も短期対外債務の水準に満たないのはトルコとアルゼンチンのみ、南アフリカは同程度、その他の国は3倍程度と健全な水準を維持しています。
これらの点からみても、新興国全体から資金流出が加速し、新興国通貨安につながる可能性も、高くないと見られます。
国際決済銀行(BIS)の国際資金取引統計によると、2018年3月末時点のトルコ向け貸出に占める欧州銀の比率は74.8%と極めて高く、特にスペインやフランス、イタリア等の銀行によるエクスポージャーが大きいことが市場で懸念され、欧州金融機関の経営悪化を通じ、金融システム不安につながるのではないかとの懸念が出て、ユーロ圏銀行株が売られました。確かに、新興国のドル建て債務は金融危機以降、大きく積み上がっているため、いったん通貨安が進み始めると、返済する際に自国通貨を売らなければならないため、通貨安を加速させるとの懸念は確かにあります。
トルコへの与信の7割は欧州銀行によるもので、ユーロ圏の中でもトルコ向け与信高が高いのはスペインですが、スペインの対外与信全体に占めるトルコの割合は、わずか4.5%です(2018年3月末)。欧州の銀行全体でみればトルコ向け貸出は全体の1%強に過ぎず、トルコの混乱が欧州の銀行システムを揺るがすとの懸念は悲観的過ぎと見られます。また、トルコ経済の規模は世界経済の1%強であり、世界経済に与える影響は限定的と考えられます。
そして、欧州銀行自体は、危機を警戒していません。それは欧州の銀行間金利(Euribor)が上昇していないことに表れています。Euriborとは、銀行間での貸し出しに適用される金利で、お互いの信用リスクや流動性リスクが高まると上昇します。ですが、足元でEuriborは上昇していません。
また、欧州銀行の破綻リスクを測る指標として、CDSスプレッドというものがあります。こちらもスペインのBBVAでさえ106bpと、欧州債務危機時の400bp超と比較すると低位に止まっています。これは、市場参加者は、トルコショックが欧州銀行の経営悪化を通じて国際金融市場を揺るがす可能性を少ないと見ていることを示しています。
これらを踏まえ、今のところの見通しとしては、トルコの通貨安は長期化が予想されるが、新興国全体や世界経済に波及する可能性は少なく、投資戦略としては、これまで通り、ご自身のリスク許容度がそこまで高い場合を除き、トルコや南アフリカと言った、リスクの高い国への投資は慎みつつ、ご自身のリスク許容度に合わせたポートフォリオを継続保有して行くことが望ましいと考えます。
いつもお伝えしているように、リターンだけ見て投資をすると、トルコも南アフリカもとても魅力的です。特に、トルコでは国債を買っている9割が日本人と言われています。高いリターン(金利)を約束しているということは、そこまで高くしなければ投資家が買ってくれないから、つまり、リスクが高いからです。
投資は、常に、自分のリスク許容度を数値で把握し、数値の範囲内、つまり自分のリスク許容度内での投資を行うことが、必須です。そのためには、投資先のリスク、ポートフォリオ全体のリスク量を数値で把握していなければなりません。
把握していない場合、必ず想定外の損失に見舞われます。これは、統計学上明らかなことで、投資のセンスとか運とかで守られる類のものではありません。それを証拠に、プロの投資家で自らのリスク許容度を知らない人、それを超えて投資をする人は皆無です。プロとアマチュアの差は情報量ではありません。リスクを見て投資をしているか、リターンを見て投資をしているか、そこが違うのです。
このブログを読んで頂いている皆さんは、投資先のリスクを数値で把握し、それがご自身のリスク許容度内に収まるような投資をしていただきたいと思います。
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