2018/6/21(木)
こんにちは。(株)ミッション・ミッケ人生デザイン研究所、所長の高衣紗彩です。
もう先週のことになりますが、米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げをしましたね。今回の利上げは市場の期待通りで、特に変わったことはなかったように見えます。
公表された声明文においても、緩やかなペースで利上げを継続していくという方針が維持され、サプライズもなかったので、市場もこれを看過しました。
ですが、実は、今後の金融市場の先行きを見通す上で、重大な方向転換がありました。今日は、それについて、詳しくお伝えしたいと思います。
目次
より正確には、米連邦準備制度理事会(FRB)が2018年6月12日~13日に開催したFOMC(連邦公開市場委員会)において、政策金利であるフェデラルファンド(FF)レートの誘導目標レンジを、従来の1.50-1.75%から0.25%ポイント引き上げ、1.75-2.00%とすることを決定しました。
また、これまでフォワードガイダンスで記載していた「FF金利は暫くの間、長期的に到達すると見込まれる水準を下回るレベルで推移する可能性がある。」との声明を削除しました。
市場では、金融政策は「フォワードガイダンス」と呼ばれる部分が削除されただけで、上述の通り、『緩やかなペースで利上げを継続していく』という基本方針は維持された、との額面通りの解釈をしています。
実際、パウエル議長は声明文公表後の記者会見で、フォワードガイダンスに関して、「来年に政策金利が正常な長期水準とみられる範囲に達すると見込まれるため、取り除くことが適切と考えた」とし、将来の金融政策スタンスの大幅な変更を示すものではないと説明しています。
しかしながら、これを額面通りに受け取って安心してしまうと、重要なポイントを見逃すことになってしまいます。実は、このフォワードガイダンスの削除が、FRBの大きな方向転換を示し、今後の金融市場の見通しを見極める上でとても重要な鍵を握っているのです。
FOMCでは、参加者全員*が、今後の政策金利(FF金利)の見通しは〇〇%だと思う、というところに、丸印をつける投票を行なっています。
*FOMCはFRB理事7名と地区連銀総裁12名から構成されていますが、そのうち投票権を持つのは、FRB理事7名+地区連銀総裁5名の12名です。ニューヨーク連銀総裁は常に投票権を持ち(常任)、その他の地区連銀総裁は1年ごとに輪番制で各地区の総裁に投票権が与えられます。
これは、ドットプロット(金利予想分布図)と呼ばれていて、その中央値を持って、FRBの金利予測とされています。今回の2018年末の金利予想の中央値は2.375%でした。2018年3月時点の見通しは2.125%だったので、0.250%ポイント上方修正されたことになります。
また、FOMCは、「長期的に経済が均衡する金利水準」についても投票しています。この金利水準とは、景気を過熱も冷やしもしない中立的な金利のことで、中立金利と呼ばれています。
政策金利がこの水準以下であれば、金融政策は緩和的、つまり景気に対して支援的な効果をもたらし、この水準を超えると金融政策は引き締め的、つまり景気に対して抑制的な効果をもたらすとされています。今回、その中立金利の中央値は2.9%でした。これは現在の政策金利(1.75%~2.00%)から約1%高い水準です。
今回の利上げ局面では、1回に0.25%ポイントずつ利上げをしていますから、今後もその大きさが継続されるとすれば、今後あと4回の利上げを行えば、景気に抑制的な水準に到達してしまうことになります。
FRBは、2016年12月から四半期(3ヶ月)に1回のペースで利上げを行っています。2018年末の政策金利の予想中央値が2.4%で今が1.75~2%ですから、年内あと約2回の利上げが見込まれます。すでに3月と6月の2回行っていますから、市場はこれを持って、「FRBは2018年の利上げ予測を4回に上方修正した」と解釈しているのです。FRBが、4回にしたよー、と言っているわけではありません(笑)。
FOMCは、2018年内あと4回(7月、9月、11月、12月)予定されていますが、経済見通しの公表や記者会見が行われるのは9月と12月のみなので、この2回に利上げが実施されると予測されています。
この四半期に一度のペースが今後も守られることを前提に、2019年に入って3月、6月と2回利上げをしたら打ち止めになる、と考える向きが増えています。なぜなら、6月以降に3回目の利上げをしたり、これより速いペースで利上げをすれば、金融政策は2019年半ばには景気に抑制的となり、景気後退の引き金を引いてしまいかねず、FRBがそのようなことをするとは思えないからです。
景気サイクル的には、米経済はすでに回復期が9年目に突入し、いつ景気後退が来てもおかしくない状況にあります。株式のバリュエーションもすでに割高圏にあり、緩和的な金融政策とトランプ氏の財政刺激策によって景気回復期が引き伸ばされている状態にあります。米経済が景気後退に入れば、それは世界経済に波及し、世界的な景気後退期に入っていく可能性があります。
なので、このまま利上げを続けて金融政策がいつ景気に抑制的になるのか、は、国際分散投資をしている者にとって、是非とも見極めたい転換点です。
一方で、2019年末の金利予想の中央値は約3.125%です。2018年末予想が2.4%ですから、2019年中に0.7%の利上げ幅、1回につき0.25%ずつですから、FOMC参加者は2019年中に約3回の利上げを予測していることになります。
まとめると、FRBは、
ということになります。
つまり、FRBは、「2019年半ばには、景気に抑制的な金融政策に転換するよ」と言っているのです。これが声明における「FF金利は、来年にも長期均衡水準の範囲内まで上昇する見通し」が意味するところで、フォワードガイダンスが外された真意です。
この中立金利、実は、もう1種類存在します。先に挙げたのは、FOMCメンバーが考える長期的な均衡をもたらす金利水準ですが、もう一つ、推計値としてはじき出される中立金利があります。それは、自然利子率と呼ばれているものです。
自然利子率とは、観察できるものではなく、様々な変数を使って『推計』されるもので、その推計値はR-star(アールスター)と呼ばれています。これは、前サンフランシスコ連銀、6月18日にニューヨーク連銀総裁に就任したジョン・ウィリアムズ氏が中心となって研究しているもので、彼はこれを現在2.5%としています。
前回までの声明文に入っていた「長期的に到達すると見込まれる水準」を中立金利と読み替え、ここに2.9%ではなくこの2.5%を当てはめた場合、現在の水準からは0.50%ポイントしか離れていません。
FRBは、先にもお伝えしたように、中立金利以下の領域を「金融緩和的」、それ以上の領域を「金融引き締め的」と解釈して金融政策の舵取りを行っています。2.9%を中立金利とした場合、上記の通り、2019年半ばで金融政策は景気に抑制的な水準に達しますが、2.5%を中立金利とした場合、あと2回の利上げ後、つまり2018年末にはその水準に達してしまいます。
この自然利子率研究の第一人者がFOMCメンバーにいることで、2.5%をより意識した結果の、フォワードガイダンス削除だと推測されます。
フォワードガイダンスの削除は、2019年始めか遅くとも半ばには政策金利が中立金利を上回る領域に入ること、言い換えれば、金融政策が早晩「引き締め的」になることへの布石だったと考えられます
これまでは、「これからもずっと緩和的な金融政策を続けるよ」と言っていたのを、「引き締め的に転換するよ」に変更したのです。これは、非常に大きな、見逃してはならない政策転換です。
ですが、明らかにそれを打ち出すと市場が動揺する(株式市場が下落する)ので、「将来の金融政策スタンスの大幅な変更を示すものではない」と言ったりして、なんだかよくわからないように煙に巻いていると考えられます。
実際、パウエル議長は記者会見で、自然失業率や中立金利は直接観測できず推計には大きな誤差があるため、過度にそれらの推計値に縛られず、今後発表される経済指標を注意深く判断することが必要であると説明しています。
そうすることで、ガイダンスを削除したことで起こり得る市場の懸念(景気引き締め領域に入ってしまって景気後退が引き起こされるのではないかという)を払拭しようとしたと思われます。
さらに、来年1月から全てのFOMC会合後に記者会見を行うことを発表しました。これは、市場との対話を重視した姿勢と評価されていますが、これまでに増して、声明や記者会見での説明で火消しを図りつつ政策転換を進めていくという意思の現れと解釈できます。
これが、「景気抑制的になるけど打ち止めはないよ」との意思表示なのか「少しは抑制的になるけど、もうすぐ利上げは打ち止めだよ」との方向性への布石なのか、については、その先の話で、意見が分かれるところです。市場では、この「打ち止め時期」に関して様々な憶測が飛び交っていますが、重要なのはそこではありません。
ここで、重要なポイントは、引き締め政策を行う中で、物価をどのようにコントロールしていくか、です。
FRBは、5月のFOMC議事録で、物価目標は2%を中心に上下に対称(symmetric)な2%を維持すると強調しました。対称的とは、わかりにくい表現ですが、これは「上にも下にも振れることを同じように許容するよ」という意味で、「2%以下は許容するけど2%以上になったら即利上げするということではないよ。上も下と同じように許容するよ」ということを言っています。
つまり、2%を超えるインフレ率を利上げをせずに許容するかも、と言っているのです。
さらに、6月18日にNY連銀総裁に就任したウィリアムズ・サンフランシスコ氏は、「物価水準目標」の熱心な奨励者で、FRB内では現在、「物価水準目標」への移行が検討されています。(「FRB物価目標見直し論」、日本経済新聞、2017年11月26日)
物価水準目標とは、中期的に達成する単年度のインフレ率ではなく、達成する「物価水準」そのものを目標に置く物価コントロール手法で、インフレ率目標が未達だった場合、その後一定の期間は目標とするインフレ率のオーバーシュートを許容するというものです。
例えば2%のインフレを5年間続けるとした場合、スタート時の物価が100であれば、2%ずつ物価が上がり5年後には110.4まで高めることを目標とします。この設定で、仮に初年度に物価が2%低下すれば、翌年度以降は年平均3%程度のインフレを実現し、未達分を取り戻します。
なので、物価水準目標に切り替えた場合、2%の物価上昇率を下回り続ける環境では、物価水準目標の達成のために高いインフレ率の実現が必要となり、利上げペースは減速することになります。ここで、中立金利の水準が低い場合、次の景気後退期には、景気を刺激するためにFRBは再び政策金利をゼロ金利にまで引き下げる必要に迫られます。この時、インフレ率が高ければ高いほど、実質金利をマイナスにすることができ、より高い景気浮遊効果が期待できます。(実質金利が低ければ低いほど景気の押し上げ効果は大きいです。)
なので、次の景気後退期が来る前に物価水準目標に切り替えた方がいいというのが物価水準目標論者の主張で、FRBは今、その実現性を見極めています。
政策決定手段の変更には慎重を期すと見られ、次の景気後退期前の切り替えの可能性は少ないと見られますが、FRBが2%を超えるインフレを許容する方向に向かっているということは、言えると思います。このことから、フォワードガイダンスの削除はそれに対する布石「もうすぐ打ち止めだよ(インフレを許容するよ)」である可能性が高いと考えます。
そして、それは、FRBがすでに『景気後退期が来た時』を見据えているということに他なりません。
米国経済を見通す上で、これまで重要だったことは、年何回の利上げがあるか、でしたが、ここからは、より大局ーFRBが見据えている先ーを見極めることが非常に重要になって来ます。そのために、足元の経済状況、通常の金融政策に加え、インフレコントロール政策の進展をウオッチすることが重要です。
こうした、世界経済、金融市場における変化の潮流を見極められるかどうかが、長期国際分散投資において必須の『リバランス』の巧拙を分けるポイントになります。このリバランスでの資産配分をどう決定するかで、長期的な投資のリターンが大幅に変わって来ます。言い換えれば、これをマスターすれば、ファンド(投資信託)の購入だけで、大きなリターンをあげたり大きな損失を出したりして結局資産が増えていないという状況から、「生きれば生きるほど増えていく資産形成」が可能になります。
今回は、ちょっと難しい部分もあったかもしれませんが、一つずつ順を追ってしっかり理解していけば、難しいものではありません。
今後の見通しの立て方をしっかり身につけて、ポートフォリオのリバランスを自分でできるようになると良いですね。
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写真出所)https://www.federalreserve.gov/newsevents.htm