かつて、認知症の予防になるということで「脳トレ」ゲームが流行し、社会現象となったことがありました。
今でもウェブ上には脳トレのアプリがたくさん掲載されています。これらのゲームには、脳の機能が衰えるのを防ぐ効果があるとされていますが、脳は加齢によって衰えてしまうのでしょうか。そして高齢になったら、新たな能力を獲得することはできないのでしょうか。
今回は最新の研究からわかってきた脳の仕組みから、脳の効果的な鍛え方について考えてみたいと思います。
長年「脳の神経細胞(ニューロン)の生成は年齢とともに低下し、大人になると増えることがなく、死滅する一方である」と信じられてきました。
ですが、近年研究が進んだことで、今では、脳では年齢にかかわらず新たな神経細胞が生成していることが明らかになっています。14歳から79歳の健康な人の脳で、年齢に関係なく何千個もの新たな神経細胞の生成が確認されたという研究報告もあります。
「そんなこと言われても、若いころに比べてもの忘れが多くなった」
「新しいことを覚えても次の日には忘れている。若いことはそんな事はなかったのに」
そのような実感を持っている人も多いでしょう。
脳内では、神経細胞が「シナプス」と呼ばれる組織を介してつながり、電子回路のようなネットワークを作って情報を伝達しています。
シナプスが大きくなると神経細胞間のつながりが強くなり、記憶が蓄積されます。反対にシナプスが小さくなると、神経細胞のつながりが弱まって情報が伝達されなくなります。これが「忘れる」という現象です。
このように脳はシナプスを変化させて情報の伝わり方を操作しているのです。これを「シナプスの可塑性」と呼びますが、加齢によってこの可塑性がうまく働かなくなるので、記憶が引き出しにくくなってしまうのです。
ですが、年齢を重ねても、外から十分な刺激を与えてやれば、シナプスの可塑性は維持されることがわかっています。シナプスが大きくなったり数が増えたりして脳内の神経回路が発達し、年齢にかかわらず新たな能力を獲得することもできるのです。
時々、80歳を超えて全く新しい分野に挑戦して成果を上げる人が話題になりますが、これは脳科学的にも説明できる現象であり、私たち誰にでも可能なことなのです。
では、どのようにすれば、大人になった後でも効果的に新しい能力を身につけることができるのでしょうか。
ひとつは定期的、規則的に練習を続けることです。本番を成功させるためにリハーサルを何回も繰り返すように、「身体で覚える」のです。繰り返しによって新たな神経回路が生まれて、意志の力が介在しなくても行動できるようになります。
また、ある分野でスキルを磨いて一流になるためには、一万時間の練習・学習が必要だという説も知られています。時間数自体については異論もありますが、長時間のトレーニングが技術と知識を身につける上で有効であることは確かなようです。
トレーニングを続けることで、脳の構造が変化するという報告もあります。
ロンドンでタクシー運転手になるためには、ロンドン全域の道路や建物に関するとても難しい試験に合格する必要がありますが、トレーニング開始直後の運転手と、タクシー免許取得後の運転手の脳の構造を比較したところ、免許取得後には、空間把握や位置の記憶にかかわる海馬の一部が大きくなっていたそうです。
同じようにトレーニングを繰り返していても、効果が上がる場合とそうでない場合があります。
心理学者の研究によれば、あまり成績の良くない中学生のグループに、脳は何歳になっても新しいことを習得できることを教え、その情報を教えられなかったグループとその後の成績を比較したところ、教えられたグループの成績は上がっていきましたが、教えられなかったグループでは変化はなかったそうです。
脳は、新しく知識が吸収できると知った段階で、神経回路を新しく作る準備を始めるので、学習によって脳が鍛えられ、知識が蓄積しやすくなります。ですが、自分には能力がない、これ以上は発展しないとあきらめてしまうと、脳は神経回路を新たに作ろうとしないので、長時間努力をしても成果が上がりません。
また、学習の成果を目標にして学ぶ人と、学ぶこと自体を目標にする人でも習得状況にも差がみられます。
学習成果を目標にする人はいつも自分の成果を気にしているので、学習がうまく進まないことがあると、自分の能力はこれが限界ではないか、これ以上やってもダメではないかという疑念を抱きます。その無意識のあきらめが脳の活動を阻害して、学習効果が出にくくなってしまうと考えられています。
学ぶこと自体が目標の場合は、自分の能力に疑いを抱く必要がないので、脳は活性化した状態を維持していて、どんどん情報をとりこみ、成果も上がっていくのです。
同じ反復練習をしていても、気持ちをどこに向けているかによって、脳の働きは変わってくるのです。
「この分野は元々苦手だったし、私には無理」
「いい年だし、今さら新しいこと初めてもできないよね」
などと、最初からあきらめていると、脳は神経回路を作る準備をしていないので、学習しても効果は上がりません。
学習効果が上がってないことに気づくと「自分には能力がない」が証明されたと脳が認識してしまうので、活動がさらに鈍くなります。成果が出ないのでやる気が薄れ、学習の継続が難しくなります。反復練習の回数が減るので、ますます成果は出にくくなる――あきらめの気持ちを持ったまま学習していると、このような悪循環に陥ってしまいます。
「私は大人になって、新たに技術を習得した」という経験を、ひとつでも持っていると、「今の自分ができないのは練習していなかっただけ。自分に能力がないわけではない」「大人になっても新しいことを習得することはできる」と、脳が認識しているので、他のことも練習して習得しようとします。
成果を目標にするのではなく、自分が学んでいく過程、少しでも進歩したことに気持ちを向けていると、学習の効果を実感できるので、さらにやってみようという好循環につながります。
人は何歳になっても、習得したいと思って反復練習をすれば、神経回路は発達します。年齢に関係なく神経細胞も生まれますし、シナプスの可塑性も上がっていくのです。
成果を目標にして、若い人、上手い人と比較していると、脳にあきらめを認識させてしまいます。練習を繰り返して、昨日より前に進んだ自分に焦点を当てると、続けることがうれしくなって、練習が習慣化します。
脳を鍛えるコツは、最初の三日であきらめず、自分の変化、成長に目を向けて、行動を継続することです。
最初から自分に制限をかけてしまうのではなく、何歳になっても成長する自分自身に注目して、人生を存分に楽しみましょう。
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