人生に思っても見なかった展開が! ーその2ー

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こんにちは! (株)ミッション・ミッケ人生デザイン研究所、所長の高衣紗彩です。

今日も、『人生をデザイン構築学校』で、自分の価値観に合った人生を自分の手でデザインして、行動した方々に起こった「思ってもみなかった展開」を、ブログ読者の皆さんにシェアしたいと思います。

その前に、なぜシェアするのか、事例を知ることの皆さんにとってのメリットを、前回の高衣の記事で書いていますので、ご確認くださいね。

今日は、30代女性、IT関連企業でバリバリの営業職をされてる方の事例をご紹介します。

1)自分の本当の価値観を出した時に

授業の1回目で、自分の価値観を出すのですが、その時にあぶり出された価値観の第1位は、自分がこれまで考えてもみなかったことでした。第2位の価値観は自分でも、なんとなくそうかな、と認識していたことだったのですが、第1の価値観は、全く認識していなかったことでした。それは、「多くの人々に『帰る場所』を提供する」というものです。

これは、私の幼い頃の欠落感とつながっていました。この学校では、幼い頃の欠落感まで掘り下げて自分の価値観を明確にしていきます。私の場合は、幼い頃に、安心して「帰りたい」と思える場所がなかったことで、家ではなく、その時その時に所属したコミュニティーそれは、学校だったり部活だったり、会社だったりしたのですが ーが、「帰りたいと思える場所」になるように努力してきた、ということがわかりました。

それが、結果として、皆に受け入れられたり、可愛がって貰えたり、抜擢されたりして、私の人生に素晴らしいものをもたらしていました。それは、自然発生的に起こったことで、たまたま自分は人間関係に恵まれてラッキーだ、とした思っていなかったのですが、これが、自分のいる環境がそのようになるように立ち居振舞って、自分で創り上げてきたことがわかりました。

これまで、欠落感のデメリットしか見えていなかったのですが、これは、私の家が「安心して帰れる場所」でなかったことが、私の人生にもたらした「メリット」だったのです。

2)「世界の人々に安心して帰れる場所を創る」がミッション

価値観を知るワークをして、自分の最高の価値観は、「安心して帰れる場所を創る」ことだとわかったものの、それをどうキャリアに結びつけるのかは、見当もつきませんでした。結びつけられるような価値観ではないように思えました。

ですが、驚いたことに、その時、私はすでに「民泊」経営をしていたのです。会社に勤めながら、二つのマンションを借りて回していました。これは、とても好きなことで、楽しんでやっていました。

まさに、これが、文字通り、「安心して帰る場所を提供する」仕事だ!と思い、ミッションは、「世界中の人々に安心して泊まれる「家庭」のような宿泊施設を提供する。」、キャリア・ビジョンは、「世界のあらゆる国に民泊の施設を創り、民泊の事業を世界展開する。」と固まりました。そして、そのための、英語の勉強や民泊の知識のさらなる習得ができるよう、戦略を立てました。資金調達の面からも戦略を立てました。

そうして、事態は順調に動き出したかに見えました。

3)思わぬ壁が!

ちょうど、ミッションを出して動き出そうとした頃、マタニティ・リーブが終了し、昨年生まれた娘を保育園に入れて仕事に復帰する時期に来ていました。保育園を探していたのですが、良い所が見つからず、途方に暮れてしまいました。やっと自分のポリシーに合う所が見つかったと思ったら、そこはやはり人気で、抽選で落ちてしまいました。

どこにも預けたいと思う保育園がない・・・。

夕暮れの街を家に向かって帰りながら、「日本には安心して子供を預けられる場所がないんだ。」と。改めて思いました。そこで、ひらめいたのです。保育園は、子供が帰る場所ではありませんが、「安心して戻れる場所」という意味では、帰る場所と同じです。

自分のミッションは、これなのではないか・・・?!

すると、いろいろなことを思い出したのです。なぜか、留学したとき、児童教育の授業を取っていました。その時は、専門外で、なんの気なしに取った授業でした。日本にはない考え方に、とても感動したことを今でもはっきりと、覚えています。他にも、自分の人生に起こってきた、さまざまなことを思い出しました。

全ては、このミッションに繋がっていたんだ・・・!!

そう思ったら、いてもたってもいられなくなり、気がつくと、涙が溢れていました。

4)キャリアビジョンに向かって行動したらどうなったか

その後、保育園経営について、調べ始めました。日本の事例、海外の事例、両方の状況・・・。調べれば調べるほど、「子供が安心して帰れる場所」を、一人残らず全部の子供に提供できたら、私はいつ死んでもいい。」と思えました。そして、

「帰る場所の大切さを誰よりも理解している自分ほど、情熱を持ってこの仕事に取り組める人はいない。」

との思いがますます強くなりました。ただ、子供が好きだから、とか、そういう理由で保育園を始めるのとは、次元が違うのです。

ただ、何からどう手をつけたら良いのか、全くわかりませんでした。なにしろ、これまで全く携わったことも考えたこともない分野です。これがミッションであることだけは確かという確信はあったのですが、それをどう現実のものにするのかが、全くわかりませんでした。

これは、1からの調査が必要になる・・・。会社で働きながら始めるのは難しいと思いました。それにも増して、会社に取られる時間が勿体無いと感じました。会社を辞めて、保育園を設立する準備に真剣にとりかかろうと決意しました。幸い、旦那さんも賛成してくれ、会社に言うなら、産休から戻る今がベストなタイミングということになり、産休明けの仕事の担当を上司と相談する日に、退職を願い出ることにしました。

会社に出向いたその日、上司に正直に全てを話しました。すると、上司から帰ってきた言葉は、

「それ、うちの会社の新規事業として立ち上げたらどうだろう?」

私は、しばし、上司を見つめたまま、口を開くことができませんでした。

5)その後の展開

上司からのそのオファーは願ってもないことでした。なにしろ、会社の事業となれば、大腕を降って、調査ができます。さっそく、やりたい意志を伝え、新規事業を申請する手続きを進め始めました。ちょうどその頃、自分の旦那さんの会社でも、新規事業の案を募集しているということを知りました。しかも、条件が一致していました。旦那さんと力を合わせて、提案書を作成し、提出しました。

途方に暮れていたところ、こんなオファーが二つもくるなんて・・・。これが、ミッションに生きると起こるという、「思ってもみなかった展開というものなのか」そう思って、感謝の気持ちで毎日調査を進めつつ、両方の審査を待つ日々が続きました。

ですが・・・、

シンクロニシティはこれだけでは終わらなかったのです。

娘を通わせているベビスクールで知り合った方に、「保育園を立ち上げることを考えているので、手伝ってもらえないか。」とお話をいただいたのです。、

まとめ

今回、彼女に起こった、「思っても見なかった展開」は、以下の3つです。

1)辞めようと思っていた会社から、ミッションにぴったりのオファーがもらえた。
2)別の場所からも、ミッションを遂行する機会が得られた。
3)また別の場所からも、同じくミッションを遂行する話をもらった。

1つでも驚くことが、3つも起こってしまいました。しかも、卒業後わずか6ヶ月という短い間に。人はこれを『奇跡』と呼びます。ですが、全部はできないですね。ミッションに生き出すと、やりたいことが増えすぎて、自分が3人欲しくなります(笑)。

自分の本当の価値観とミッションに向かうように人生をデザインし、決意し、一歩を踏み出すと、こういった『奇跡=人生に思ってもみなかった展開』が普通に起こります。

次回は、事例ーその3−をお伝えします。

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