受験や就活など、試練が来るとなぜかエネルギーが湧くその訳とは

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2017年11月28日

こんにちは!ミッション・ミッケ人生デザイン研究所 研究員の澤田りよです。

お隣の国、韓国では日本より一足早く11月23日に大学入試が実施されました。人生を左右されるとも言われ、受験生が入試会場まで向かうまでの交通整備に警察官が投入されるほど、受験熱が過熱している韓国では、入試の結果が人生を左右するとも言われています。受験をする本人も、それを見守る両親にとっても大きな試練に立ち向かう人生の一大イベントです。

日本でも受験を数カ月後に控え、シーズン本番に向けて最後の追い込みが始まっています。そして、高校3年生の時は大学受験が人生最大の試練に思われますが、大学3年、4年生と就職活動の時期を迎えると、次は就活が人生最大の試練として立ちはだかります。無事、就職ができても次は勤務先での厳しいノルマや、転勤・転職など、新たなステージに移る度に新たな試練を迎える人もいます。

このように私たちは常に何かしらの試練と向き合いながら、日々を送っています。しかし、このような人生でも、息の抜けない辛い人生だ、と嘆く必要は全くありません。それはむしろ、歓迎すべき人生なんです。

突然、辛い人生は歓迎すべき人生などと言っても、意味がわからないですよね。今回は、人生を楽しく過ごすために必要な、試練に立ち向かう時の心構え、そして、なぜ試練ある人生は、歓迎したい人生なのか、についてお伝えします。

試練があるから支援がある

受験や就職活動に向けて励んでいる時は、「楽しい」よりも「辛い」と感じる方が多いでしょう。立ちはだかる試練の大きさに精神的に押し潰されそうに感じる人もいるかもしれません。

一方、同じイベントでも子を持つ親の立場から見ると、状況は一転します。我が子が何かしらの試練に立ち向かっている時、一緒に試練に立ち向かうというより、そのような子どもを心から応援し、何かしら支援をすることが多くなるのではないでしょうか。それも、子どもが立ち向かう試練が大きければ大きいほど、それを支える力もより大きくなります。このように物事には試練と支援が同時に、そして、必ず同じだけの量が存在します。

試練の真っただ中にいる時は、辛い、しんどいといったネガティブな感情に支配されるかもしれません。支援を見つけられないかもしれません。ですが、それは物事の片面のみを捉えているだけに過ぎません。

小林麻央さんが生前、自身のブログにこのようなことを書かれていました。

今も、試練です。
何事も、
苦労のように思ってしまう時は
いつも負けそうだったことを
思い出しました。

試練と思えるときは
まだまだ心に力が湧きます。
(KOKORO.小林麻央のオフィシャルブログより抜粋)

試練と思える時は力が湧く、というのは、まさに試練と同時に支援を感じていたからかもしれません。

試練があるから“こそ”、人は成長する

学生から社会人、子どもから大人へと人生のステージが変わる度に、そのステージ毎で新たな試練を迎えるかもしれません。そして、そのような試練はどんどん大きなものへと変化していることでしょう。

というのも、私たちは一度経験したものには耐性が付き、同様の試練に対しては大きな精神的衝撃を受けなくなります。これは、筋トレをイメージすると容易に理解できるでしょう。

私たちの身体(筋肉)は負荷をかけてトレーニングすることで、成長します。トレーニングを続けていると、だんだんと負荷を軽く感じるようになります。それは身体が成長し、その負荷に適応しているためです。そのため、成長し続けるために、より高い負荷をかけたトレーニングを行います。このように徐々に負荷を増しながら、私たちは身体を鍛えていきます。

精神性も同様に、試練という負荷を受けることで成長します。試練と同時に訪れる支援の存在に気づき、それに助けられていることに感謝をして試練を乗り越えることができた時、私たちの視座は、一段高まっています。試練と支援が両方同じだけあること、そして同時に受け取っていることが見えると、物事、出来事自体は全てニュートラル、その片側しか見えていなかったのは自分、ということが突然理解でき、目の前が一瞬で開けたように感じます。

その時、私たちの『視座』は、それまでと比べ、一段高まっているのです。一段高まると、次に同じ類の試練が訪れた時、それはもはや試練とは認識しなくなります。最初から支援も同時に見えているので、試練を目の前にしても乗り越えられると確信ができ、乗り越えた時に副次的に手にしているものにも意識のフォーカスが当たるため、心は『ニュートラル』な状態を保ち、粛々と今自分にできることに集中することができるのです。

1つ試練を乗り越えると、次に別のもう一段厳しい試練がやってきます。それは、私たちが心の底で成長を望んでいるから与えられるものです。こうして、試練の大きさは、私たちの成長に合わせて徐々に大きなものとなり、そして、徐々に大きな試練を乗り越えることで、私たちが見える範囲は拡大し、受容できる範囲が広がり、人間の器が大きい、などと表現されるようになります。試練によって、精神性、人間性は、ますます成長を遂げることができるのです。

試練がない人生は、一見すると幸せと思うかもしれません。あなたもそれを望み、夢見ているかもしれません。ですが、それは試練と共に訪れる支援を受ける機会を得られないことでもあり、精神面での成長の機会を得られないことでもあります。それでは、いつまでたっても、幼稚な精神性のまま、年だけ重ねることになります。

素晴らしい人間性を持っていると言われる人々は、みな、認知のバランスが取れています。片方しか見えないバランスを欠いた認知をしているところに、怒りや悲しみや不満など、激しい感情が生まれます。試練は成長の機会としてありがたく体験する出来事、ということを実感すると、試練そのものを楽しめるようになります。もちろんその渦中にある時は、にっちもさっちも行かない気がし、もはやこれまでと思い、乗り越えられるかどうかも疑問に思うかもしれません。

ですが、乗り越えられない試練はありません。私たちの認知のアンバランスによって、試練というものは、真実より大きく見えてしまっているということ、そして、真実を見れば、これは乗り越えられる!と思えること、そして、その試練を乗り越える過程を通じて、その真実を見る目を養えることを覚えておいていただけたら、次の試練は、これまでとは違った心で対処できるのではないかと思います。

まとめ

私たちは人生の様々な場面で試練と向き合います。人生100年時代と言われている今、将来、想像もしなかった新たな試練が立ちはだかるかもしれません。
ですが、心配することは何もありません。あなたは、必ず乗り越えられます。なぜなら、試練があるところに同じ大きさの支援があり、それを同時に受け取ることができるからです。その支援は、あなたのその後の人生にとって、かけがえのない宝となります。試練こそが、『あなたが望む』あなたに成長する機会を提供してくれているのです。

試練は、普段では気づかない様々な支援を認識できるありがたいイベント、自分を成長させてくれるありがたいイベントと考え、何も心配することなく、リラックスして乗り越えていきましょう。そうすることで、試練と向き合った時、あなたの中に自然と新たなエネルギーも湧いてくることでしょう。

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